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DIABOLOSツアーのテロップと「祈り」

ん・・・。
ワタクシ、毎日、カトリックにおける「ロザリオの祈り」というのをやっております。
これは、MDに納められたものを知人の信者さんから頂いたものですが、別に薦められたわけではありません。
ただプレゼントのように頂いただけでしたが、なんとなく自主的に始めたものです。いや、色々思うところあって、自分を問い直す意味でもあるんですが。
これには、イエス・キリストの生涯が、かいつまんだ形で出てきます。
その中に、「苦しみの神秘」というのがあるわけですが、これはつまり、十字架磔刑にされたときの話です。
ワタクシは洗礼を受けた信者じゃないので、これを冷静に見ているわけですが、あの刑罰というのは、実は医学的に大変苦しいものだそうで。
磔刑像を見るとわかりますが、両手と両足を釘で打ち付けられています。
そして、実は、最初から槍で突いて殺されたわけじゃないんですね。
するとどういう状態になるか。
苦しくて体がずり落ちると、呼吸ができなくなるそうです。
そしてまた、体を持ち上げる、ずり落ちる、持ち上げる・・・を繰り返すことになるわけで。
「ロザリオの祈り」の中には、
9時に十字架にかけられて、3時に叫ばれた。
「我が神、我が神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか?」
つまり、6時間もこんな状態で苦しんでいるわけです。
そして、その後、自分をこの刑に処した人々を見て
「彼らをお許しください。自分が何をしているのかわからないのです」
と許し
「成し遂げられた・・・・」
と言って絶命しているわけです。
それを、母マリアは側で見ているしかなかった。

これね、「神の子」云々というのは別としても、「人間として」すごいことだと思うわけですよ。イエスもマリアも。
いわば「冤罪」によって刑に処せられ、「許し」、また、母はそれをしっかり見守った。
息子を目の前で殺された母マリアの気持ちってどんなでしょうか。

今、21世紀になっても、世界のあらゆるところで、まだ、「息子を殺されて涙する母」がいます。
例えば、イラク戦争で死んだ米軍兵とその母。
例えば、イラクで爆撃に遭って目の前で幼い子供の死を目のあたりにする母。


それを思ったとき、ふと、Gackt氏のツアーでのあの言葉を思い出すんですよ。

「人間は、神と悪魔の間に浮遊する・・・・」

現代、恐ろしいのは「情報操作」というものです。
例えば国家によって、例えばある特定の集団によって、間違った、偏った情報が流される。
それによって、普段なーんにも考えていない単純な大衆が、ある方向へと意識を向けて行く。
戦争です。他国への誹謗中傷です。
これこそ「神と悪魔の間に浮遊している」状態です。


さらにまた、これから日本は「裁判員制度」というのを取り入れようとしています。
一般の人が裁判に入るわけで、簡単に言うとアメリカの「陪審員制度」のようなものです。
一般の人の意見によって、ある人が死刑判決を受けることにもなるわけです。

そんなとき大切なのは、「あらゆる意見・情報を聞いて、きちんと冷静に判断できる力」だと思います。

息子を殺されて涙する母。
戦争で。冤罪で。

それを防ぐためにも、「神と悪魔の間に浮遊する」ワタクシたちは、判断力を見につける必要があると思います。

お正月、ぼーっとしてちゃだめ、っという、あの日記の言葉。
ワタクシ達は、そんな点からも「ぼーっとしてちゃだめ」なんだと思いますよ、Gackt氏・・・・。




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